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津山城の夜景

津山城の夜桜風景です。
まず、ホテルの窓から。
ホテルからのお城山の夜景
階段を登りました。
階段と石垣と桜
備中櫓が見えて来ました。
桜の向こうに備中櫓が見える
石垣も魅せます。
石垣を魅せます。
桜とは思えません。
桜かな、と思えます。
全体に幽玄的なおもむき。
全体が浮かぶ夜景のお城
備中櫓ですが、真っ白に写ります。
備中櫓
お城の下の方を望みました。
本丸から下を望む
桜のむこうに、まちの夜景も望めます。
夜のまちも望めます。




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満開、津山のお城山の桜。

津山へ行きました。お城山の桜が満開でした。
津山城は、本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、築いた平山城です。
明治の廃城令で、建造物は取り壊されましたが、地上から45mに及ぶ立派な石垣が当時の面影を残しています。
『さくら名所百選』にも選ばれた西日本有数の桜の名所となっていて、桜の季節には毎年多くの人が訪れます。
何十年ぶりか、お城山の満開の桜を観ました。

駅からホテルに向かう、先方に見えるお城山
駅からお城山を望む
ホテルにつくと、8階の窓から、お城山がよく見えます。
山下のホテルからお城山を望む
お城山に行きました。菜の花が咲いて、桜は満開でした。
津山桜まつり 菜の花と桜
石垣と満開の桜
石垣と満開の桜
石垣の線も美しい。
角の石垣と桜
津山文化センター
石垣が見事。池はどうあいたのだろう。
お城と桜 池の土手が崩れていました。
夕日が当たって、赤くなりました。
夕日になってきました。



岡山城、桜を中心に。

まさに風格ある烏城
岡山城は、天守外壁に黒い下見板が張られていて、この黒い色から『烏城(うじょう)』と呼ばれています。昭和20年(1945)の空襲で焼失したことから、昭和41年(1966)に再建されました。
天下人となった豊臣秀吉に身内並みに厚遇されて大大名となった宇喜多秀家が、秀吉の指導を受けて築城し、8年の歳月を費やして建造され、慶長2年(1597)に完成しました。
旭川を城の東背後を流れるように改修し、天然の外堀に活用しています。
今回は、桜の花はどうかな。と思い、お城に行ってみました。
平成最後の桜、4月6日の日の写真です。
天守閣、後ろから見上げて。
城主の碑と天守

天守への壁
天守に登る階段の桜です。
天守へ登る階段
天守閣とその左側の白い櫓は「塩蔵」です
烏城 天守閣と塩蔵
本丸の桜です。
本丸庭園の桜
山桜です。
本丸 山桜
不明門の桜です。
不明門の桜

目黒川の桜と「スターバックス リザーブ ロースタリー」

目黒に行ったので、目黒川沿いの桜を見物しながら、今話題の中目黒に、今年2月28日開店して「スターバックス リザーブ ロースタリー」へ行きました。
まずは、目黒駅側から中目黒への現在名代の桜名所の「目黒川さくらまつり」。
目黒川 ビル 桜

目黒川 桜で歩く

目黒川さくら祭

まさに満開 目黒の桜

「スターバックス リザーブ ロースタリー」建物
「スターバックス リザーブ ロースタリー」は、カフェ、焙煎所、セミナールームを併設した体験型施設。人気で整理券が配られています。並んで、やっと入館することができます。しかしなかなか席が取れません。
壁の飾り
やっと席が取れたら、注文。ゆっくりコーヒーを味わいました。
ロースタリー 高さ約17mの桜が施された銅板のキャスク
自然と和が調和した空間では、4階まで届く高さ約17mの桜が施された銅板のキャスク(豆を貯蔵するタンク)が存在感を放ちます。
コーヒー豆が流れています。
普通のスタバの約15倍の広さを有する店内では焙煎工場を併設され、巨大な焙煎機から出てくる焙煎されたばかりの豆や、店内に張り巡らされた透明なチューブを通る前の様子を見る事ができます。
「ロースタリー」縁側
設計・建築を行った隈研吾氏は、太宰府天満宮表参道店に次ぐコラボレーションだそうです。店舗について「各階にあるテラスは“縁側”をイメージしました。これは新しい建築的なチャレンジとなりました。日本の感性を活かしたデザインで、自分でもびっくりするようなインテリアデザインを成し遂げたと思っています」と、記事にでていました。
世界で5番目、日本では初のロースタリー。日本の新たな名所(シンボル)となるように、「日本各地でみられる自然の美しさとの融合を空間デザインが取り入れている。天井まで延びる広がりあるガラス面と、あたたかな木のぬくもりを感じるテラス席は、まさに自然と調和している」ですが、とにかく大勢の人でなかなか実感はできませんでした。
落ち着いたら、もう一度行ってみたいと思っています。
ロースタリー縁側2


花見の名所「上野公園」

東京都内の桜スポットの中でも随一の人気を誇るのが、江戸時代から続く花見の名所「上野公園」です。約1200本というスケールは壮大で、歴史的建造物と桜のコラボレーションも楽しめます。
上野で一番混雑の場
上野が現在のような桜の名所としての道を歩み始めたのは江戸時代の初期。家康から家光までの徳川三代に仕え,徳川家の菩提寺として上野に寛永寺を建立した天台宗の僧,天海が上野の山の景観向上のため,奈良・吉野山から山桜の苗を取り寄せて山内に植えさせたのが最初とされています。
五重の塔と桜
この桜は一般にも開放されましたが,花の下での飲食禁止,鳴り物禁止,暮6つの鐘とともに門外へ退場しなければならないと定められており,現在の花見とは様相が全く異なったものであったようです。
山桜がすてき
その後8代将軍徳川吉宗が江戸の各地に桜を植え,花見を奨励したことで,現在に近い形の花見が庶民に広まりました。
江戸時代の末,1868年7月,旧幕府軍彰義隊と新政府軍との間で戦われた上野戦争により,焼失しました。その跡地は1873年に公園とされ,関東大震災,戦争など様々な困難を経つつも,地域の人々などの手によって桜は植え継がれ,現在の形にまで育成・整備されてきました。
第二次世界大戦後の物資難時代に上野の山に桜の木を1200本植えたり、つつじを1万株、八重桜300本と、これらは皆、地元の人たちが資金を出し合って上野の山へ植栽したのだそうです。

小松宮の像と桜。
小松の像と桜
清水観音堂と桜。
清水観音堂と桜
清水観音堂の裏の枝垂れ桜。
枝垂れサクラ
夜にはまだ時間がありますが、宴会真っ盛り。
お花の下で宴会

千鳥ヶ淵の桜の満開の桜見物

千鳥ヶ淵は江戸開府後の江戸城拡張の際、局沢川と呼ばれていた川を半蔵門と田安門の土橋で塞き止めて造られたお堀です。
千鳥ケ淵は「千鳥」の形をしているため名付けられたと言われています。
代官町通りを境に接する半蔵濠とはかつて繋がっていましたが、明治33年(1900)に道路建設のため埋め立てられ別々のお堀になってしまいました。(残念ながら「千鳥」の形は感じられません)。
千鳥ケ淵にはソメイヨシノが植栽され、都内でも有数の桜の名所となっています。
とにかく見事です。たくさん人が歩いていますが、桜は負けていません。
枝振りが面白い1

山のような皇居の桜も良い 2

むらさきはななと桜 3

千鳥ヶ淵が良い感じ 4

対面の桜の木の間隔がすてき 7

枝ののびる風情がすてき 6

田安門の方面

田安門からあちらの濠の桜
田安門から

大横川護岸桜見物

大横川(おおよこがわ)は、東京都墨田区・江東区を流れる運河です。
川沿いに桜の並木があり、開花の時期には「お江戸深川さくらまつり」が開催されて、昼夜を問わず大変賑わっているという情報がありました。桜見物にと出かけてみました。
門前仲町の駅を出て、進むと、「黒船橋」近辺は「お江戸深川さくらまつり」のイベントの1つである「お花見周遊船」の乗船所になっていて、船に乗るのを待っている人たちの列だとすぐにわかりました。
黒船橋から大横川
昔ながらの手漕ぎ舟で黒船橋から巴橋までの距離を往復します。ほんの30分ばかりの船旅ですが櫓漕ぎ舟での舟遊びですので江戸情緒に浸りながら桜見物を楽しむ事ができます。(乗船料は500円。来年は乗ってみよう)。
舟乗り場を見る

舟乗り場の旗

いろいろな舟が浮かぶ大横川

結婚式の和舟が行く

桜の下で 舟をこぐ

石島橋から見る
プロフィール

作州浪人

Author:作州浪人
「隠居」と言った方が良い境遇にありますが、心の在り方としては「素浪人」でありたいと思っています。なお作州浪人はあの宮本武蔵にちなんでいます。郷里が近いのです。
 またバックに使わせてもらっている手拭いの模様、「鎌」に「輪っか」にひらがなの「ぬ」。「かまわぬ」といかにも江戸人の気っ風が感じられ、好きです。 

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