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桜田門と桜

桜田濠
桜田濠の向こうに桜が咲いています、小さ船がやって来ています。
桜田門の向こうに桜
桜田門です。桜田門外の変で有名な、あの桜田門です
一般には桜田門と呼ばれています。枡形が完全に残っている城門のひとつで、小田原街道の始点にあたり、小田原口ともよばれていました
渡り櫓と桜
外側の高麗門(こうらいもん)と内側の渡櫓門(わたりやぐらもん)の二重構造になっていて、間に桝形がある枡形の門です。
大正12年(1923)の関東大震災で一部が破損、鋼鉄土蔵造りに改修される。
桜田門の門名は、古くこの辺を桜田郷と呼んでいたことにちなんでいます。
石垣に垂れる桜

皇居の中から桜田門を見る
桜田の地名の歴史は古く、平安時代の荏原郡桜田郷があり、現在の虎ノ門から溜池・愛宕・芝公園にかけて桜田郷があったといわれます
『江戸砂子』には「山下御門幸橋の内より、虎御門の外までの総名也」と書かれています。山下御門・幸橋は現在の帝国ホテル・新橋第一ホテルあたりになります。
『御府内備考』には、「桜田は、西丸下より愛宕芝辺まで及びたる郷名と見へたり、和名抄荏原郡の郷名に桜田と載す」とあります。
西丸は現在の皇居・宮殿のある場所です。
もう一つ、現在六本木にある櫻田神社の「桜田」の地名伝説を取る人もいます。
源頼朝から寄進された田んぼの畝に桜を植えたところ、年々桜が生い茂り自然と「桜田」と呼ばれるようになりました。
あるとき、狩りをしていた頼朝たちが、矢で射った野狐を追って、今の霞ヶ関にあった「霞山」へやってきたところ、白狐の口から十一面観世音が立ち上るように現れ、自分を祀るようにお告げをしました。
頼朝は狩りを中断して、家臣に言いつけダキニ天と十一面観世音を祀って社を建てた、というのです。それが櫻田神社ですが、こその地域の地名の元になったということです。
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法務省旧本館と桜

桜田門あたりから、南方を見ると、赤いレンガ造りの明治の旧館が目に入ります。
『法務省赤れんが棟』
「法務省旧本館」です。「法務省旧本館」は、姿の通り「赤レンガ棟」とも呼ばれているドイツネオバロック様式の庁舎で、重要文化財に指定されています。
明治のはじめ、明治政府は、官庁を集中させる計画をたて、ドイツ人建築家エンデとベックマンをドイツから招聘しました。
そして、明治28年(1895)に竣工したのが司法省建物(現在の法務省旧本館)です。
中央官庁集中計画で、ここに司法省を起工しましたが、敷地が非常に悪かったため、計画の全体を変更せざるをえませんでした。日比谷練兵場跡の海側半分を占める軟弱地は公園(日比谷公園)とし、司法省の隣地に裁判所を設置することになりました。
地盤が軟弱であったのは当然で、家康が江戸に入った頃には、日比谷は海だったのです。
司法省建物は、施工中の明治24年(1891)に濃尾地震が発生したため、耐震性の強化にも力を注いで建設されました。
そのため、関東大震災では、煉瓦外壁が鉄材で補強されていたことで、被害が少なかったようです。
しかし、昭和20年の空襲では、壁面と床以外を全て焼失してしまいました。
その後、昭和25年に修復され法務省本館として利用されていました。
当初の姿に復原されました。
その後昭和23年から同25年にかけて復旧工事を行い,屋根などの形状や材質が一部変更されていましたが、明治28年の創建当時の姿に復原され,平成6年12月27日には重要文化財に指定(外観のみ)されました。
桜を前に『法務省赤れんが棟』
この敷地は、江戸時代、米沢藩上杉家の上屋敷でした。
関ヶ原の戦いの後、上杉景勝は徳川家康によって出羽米沢30万石に移封されました。慶長8年(1603)、桜田門外の当地に建てられた上杉家の江戸屋敷は『桜田屋敷』と呼ばれ、幕末まで江戸藩邸として中心的な役割を果たしました。

常圓寺の桜

西新宿の高層ビルのすぐ裏に枝垂れ桜の見事なお寺があります。
常圓寺門から
日蓮宗の寺院で、福聚山常圓寺です。天正13年(1585年)に日立上人により創建されました。
かつて小石川伝通院の桜、広尾光林寺の桜と共に「江戸三木」または「江戸百本桜」に数えられた名木で、現在の桜は昭和45年に植えられた三代目と言われています
境内にはこの枝垂れ桜が1本、ソメイヨシノが2本、門の外にもう1本あります。どれも手入れが良くされており、花の勢いも素晴らしいです。
朝寄ってみました。
常圓寺の2本桜

ビルをバックにしだれさくらとソメイヨシノ
夕方また、行ってみました。
夜常圓寺のさくら

ライトアップのしだれ

ライトアップのソメイヨシノ

2つのビルとしだれさくら


国立劇場の前の庭の桜

半蔵門から内濠沿いに、三宅坂を歩いていると、国立劇場の前の庭の桜が満開でした。ずっと下の奉免で枝を伸ばして、見応え十分でした。
国立劇場前のさくら

多くの人とさくら

中ぐらいの近くで見たさくら

アップのさくら1

ピンクのきれいなさくら




プロフィール

作州浪人

Author:作州浪人
「隠居」と言った方が良い境遇にありますが、心の在り方としては「素浪人」でありたいと思っています。なお作州浪人はあの宮本武蔵にちなんでいます。郷里が近いのです。
 またバックに使わせてもらっている手拭いの模様、「鎌」に「輪っか」にひらがなの「ぬ」。「かまわぬ」といかにも江戸人の気っ風が感じられ、好きです。 

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