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家紋はむずかしい

四ッ谷駅前の四谷一丁目遺跡見学会があって、見に行きました。このことは、またきちんと書きたいと思います。
その遺跡の中に瓦があって、そこの「右二つ巴」という紋が入っていました。まわりに模様があるので、正式には、「右二つ巴」ではないのかもしれませんが、
紋の入った瓦
「右二つ巴」で有名な人は、忠臣蔵の大石内蔵助です
紋章というのは、おもしろいです。
江戸時代、家紋はその家それ自体を表現する「しるし」として、家の象徴として衣服やいろいろな調度品につけられました。
そして江戸時代の人たちは、例えば、浮世絵などに描かれた家紋からその人物を特定できるほどに、家紋について精通していたようです。
先日「家紋の話」という講座を受講しました。
その中で、夏目漱石の話が出て来ました。
漱石は『硝子戸の中』の23に次のように書いています。
「私の家の定紋(じょうもん)が井桁(いげた)に菊なので、それにちなんだ菊に井戸を使って、喜久井町としたという話は、父自身の口から聴いたのか、または他のものから教わったのか、何しろ今でもまだ私の耳に残っている。」 これが夏目家の家紋です。
井筒に菊 紋
井桁はこの菱形です。
井桁の家紋
夏目家の家紋は正式には、「籬架菊」(ませきく)と言います。これ、本来は木や竹を組んだ垣根に菊を植えた風情を表している紋です。
夏目漱石は、井桁に菊と書いていますが、これ間違いのようです。
間違いだとすると、喜久井町と言う地名が困ってしまいます。
近くに夏目坂という地名も現存していますし、喜久井町も、夏目家から出た、がふさわしいです。どうしても「井」が欲しいので、井筒ではどうかなと思います。
井筒という井の方形はあるようです。紋章では正方形を井筒。菱形を井桁と呼んでいるようです。
ですから、漱石は、「井桁」でなく、「井筒」に菊と書けば良かったのではないかと思います。
家紋は難しいようですが、おもしろそうです。
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平川門と帯曲輪門

気象庁に行き、そこから、天守台まで旧江戸城を歩きました。
平川橋です。
平川橋と平川門
平川橋は木橋です。と言っても橋脚台はコンクリートですが。現在、旧江戸城で木橋があるのは。ここと、和田倉橋だけです。
平川橋には擬宝珠(ぎぼし)がありますが、この擬宝珠はすべて江戸時代のもので、製作された年号と棟梁の名前が刻まれています。
平川橋
最も古いのは「慶長十九年甲寅八月吉日 御大工 椎名伊与」。「寛永元年甲子八月吉日 椎名左衛門尉吉勝作」などと刻まれています。
擬宝珠は10個ありますが、城内各所の橋から集められたようです。
この辺りは,その昔、上平川,下平川などの村があり,江戸港町として交通,交易に重要な位置を占めていました。
平川門は旧平川の流路と下平川村があったことで名付けられました。
御三卿(田安・清水・一ッ橋家)の登城口であり、江戸城大奥の通用門から御局御門とも別名で呼ばれていました。
こんなエピソードが伝えられています。あるとき、春日局が暮れ六つ(日の入)の閉門・門限に遅れましたが、「春日局といえども、規則は規則である」と入れてもらえず、寒い夜を門前で明かさざるをえなかったというものです。
この門も外枡形の構えですが、他の門とは異なっていて、入ると脇にもう一つ、小さな帯曲輪門があり帯曲輪が竹橋門に向けて長く延びています。
平川門あたり江戸切り絵図
(今回は、平川門の中に入らなかったので、江戸切り絵図で見てみます)
よく、平川門は、江戸城の鬼門にあたる不浄門とも呼ばれたと言われますが、この不浄門と呼ばれたのは、実は、この帯曲輪門だと言うのが通説です。
不浄門と呼ばれたのは、この門から罪人や遺体を出したからです
元禄14年(1701)松の廊下で刃傷におよんだ浅野内匠頭長矩も、この門から出されて芝の一関藩主田村右京太夫の屋敷に向かいました。
正徳4年(1714)歌舞伎役者の生島新五郎とのスキャンダルで、大奥の風紀を乱したとして御年寄の江島がこの門から出され、信州高遠で幽閉されました。
ということですが、帯曲輪を通って竹橋まで行ったのでしょうか、不浄ということで糞尿なども運ばれたと言われます。帯曲輪という名前に似合いません。
糞尿は、和田倉門先の道三堀からも舟で運ばれています。
舟で運ぶということで、竹橋まで行ったのでしょか。
といろいろ思います。

日暮里駅から近い 「長久山本行寺(月見寺)」

日暮里駅から近い、本行寺に行ってみました。
本行寺 山門 全
猫がいました。
本行寺は太田道灌の孫、太田資高を開基として大永6年(1526)江戸城内平河口に建立され、江戸時代に神田・谷中を経て、宝永6年(1709)現在地に移転しました。景勝の地であったことから通称「月見寺」と呼ばれていました。
写真はその山門です。
太田氏の菩提寺となり、江戸時代には遠州掛川藩5万石を拝領した太田家とその一族の墓所となりました。
天正11年(1583)7月29日に、羽柴秀吉から太田三楽斎資正に宛てた書状など伝わっているようです。
二十世の日桓(にっかん)上人( しょうにん)は、8歳年上の小林一茶と親交があり、小林一茶はしばしば当寺を訪れていました。日桓上人には、一瓢という俳号を持っています。
本行寺 一茶の7句碑
そして、境内に、一茶の句碑「陽炎(かげろう)や 道灌どのの 物見塚」のりっぱな石碑があります。
「道灌どのの物見塚」は、江戸名所図会にも描かれていて、かなり有名だったようです。
道灌丘碑
今は、道灌物見塚があったということが掘り込まれた「道灌丘碑」があるだけです。これは、寛延3年(1750)に建碑されています。これには、戦国時代に太田道灌が見晴らしの良いこの地に、斥候(せっこう)台を築いたと伝えることが記されています。
「江戸名所図会」日暮里惣図
江戸名所図会には、ものみ塚の庇護下の「碑」と記されています。小さくて見にくいですが上の方です。
本堂裏の墓地には、儒学者市河寛斎・書家米庵父子や、幕末・維新期に活躍した永井尚志などの墓もあります。
伊勢丹社員の墓
私が一番興味を持ったお墓は、山門を入って、右に行ってしだれ桜の下にある「伊勢丹社員の墓」です。
この寺は、伊勢丹の創業者小菅丹治本家の提寺だということです。
関東大震災のとき、伊勢丹がここを避難所としていたこともあるそうです。
伊勢丹のルーツは明治19年(1886)に 初代・小菅丹治が、神田区旅籠町2丁目(現千代田区外神田1丁目)に、伊勢屋丹治呉服店を創業した事に始まります。
新宿に「伊勢丹」百貨店として開業したのは、昭和8年です。
小菅丹治は社員が亡くなる度に寺の過去帳に名前を記載して供養していたそうで、丹治が亡くなった後も遺族により、それが引き継がれていったそうです
その説明によると「伊勢丹デパートの創業者は信心深い人で、社員が亡くなる度に寺の過去帳に名前を記載して供養していた。」そうです。また「創業者が亡くなられた今日でも遺族の方々がそれを引き継いでいる。」との事でした。
「社員の墓」があるのは、初めて拝みました。

「加茂能人形山車」「桃太郎人形山車」

神田祭に、水神社・魚河岸会所有の江戸型人形山車の「加茂能人形山車」飾られていました。
別名「龍神の山車」とも呼ばれ、江戸時代には山王祭10番の山車でした。江戸時代そのままの姿を昭和30年に復元した人形山車です。
加茂能人形山車 
この山車の最大の特徴は、牛が曳く二輪車の上が三層構造(最上部は人形・中層は人形の台座と水引幕に囲まれた枠・下層は前面に囃子台と背面に見送り幕)である点です。
最上部の人形は、中層の水引幕の枠内を上下可能で、さらに人形と中層は下層の見送り幕内に収納できる構造になっています。
加茂能人形山車 提灯と人形

下層 囃子台

加茂能人形山車側面
今年の神田祭では、さらに一台の人形山車がとなりに展示されていました。あいにく笹でよく見えませんが、岩本町二丁目いわい会が所有する「桃太郎人形山車」です。 屋台部分と人形が6年ぶりに蔵出しされたのだそうです。
「桃太郎」

遷座400年の神田祭「神輿宮入」

今年は、遷座400年の神田祭です。
神田明神は、江戸城増築に伴い慶長8年(1603)に神田台へ、さらに元和2年(1612)に江戸総鎮守として現在地へ遷座しました。
神田祭は江戸三大祭りの一つである。山車は将軍上覧のために江戸城中に入ったので、「天下祭」と言われました。
10日・日曜日行って見ました。大変な人手で、一緒にもまれてきました。
この日は、およそ200基のみこしが次々と神田明神に入る「神輿宮入」が行われました。。
神田祭 鳥居の前で
神田明神 隨神門
隨神門前
「神輿宮入」 2
「神輿宮入」 3
「神輿宮入」



長瀞岩畳の岩藤

4月29日、秩父の羊山公園 芝桜の丘から、長瀞・岩畳に行きました。
ここも、たくさんの人が来ていました。
長瀞岩畳、たくさんの人
長瀞の岩畳と岩藤は国名勝及び天然記念物に指定されています。約3000本400株の藤が自生しているのです。 古くから藤が多く自生していたことから「藤谷淵(ふじやぶち)」と言われていたようです
長瀞川下りと岩藤
長瀞岩畳の岩藤
長瀞岩畳の岩藤と川下り舟
帰りの道には、赤みの色の藤も咲いていました。
藤色の藤もあった
プロフィール

作州浪人

Author:作州浪人
「隠居」と言った方が良い境遇にありますが、心の在り方としては「素浪人」でありたいと思っています。なお作州浪人はあの宮本武蔵にちなんでいます。郷里が近いのです。
 またバックに使わせてもらっている手拭いの模様、「鎌」に「輪っか」にひらがなの「ぬ」。「かまわぬ」といかにも江戸人の気っ風が感じられ、好きです。 

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