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笹塚 牛窪地蔵

笹塚から四谷大木戸までの玉川上水の流れを探ろうと、何度か今は緑道となった、流れの跡を歩いています。
玉川上水の流れは、笹塚駅の所で南に向かって大きくUカーブをつけています。そこは、
牛窪と呼ばれる窪地だったのでその低地帯を避けるために、大きく逸れたわけです。
ところで、その牛窪の名を冠したお地蔵さんが、近くの甲州街道と中野通りが交差する地点にあります。
行って見ました。
ここにある案内板のよると次のようになります。
牛窪地蔵尊は今を去る260年前(正徳元年拾月)に建立されたものである。庚申塔は享保九年拾壱月建てられた。
正徳元年は1711年です。享保9年は1724年です。
それからは怖い話になります。
「以前この地は極悪人の刑場として牛を使って最も厳しい牛裂きの刑という両足から股を引裂く酷刑場の地であったと伝えられている。この牛と窪地であったことから牛窪の地名となり牛窪の地名と共に幡ヶ谷地方の雨乞行事の場所としても有名であった。」
牛裂きの刑というのは「罪人の両足にそれぞれ牛を結び付け、股を割かせる」というものです。そんな刑があったのかと驚きです。
続けて、お地蔵さんがここに祀られた謂われが書かれています。
「宝永より正徳年間にかけてこの地に悪疫病がはやりこれが罪人の霊のたたりだと伝えられ子供の安泰を守り苦難の時の身代り地蔵としてこの淋しい土地に地蔵尊を祭り霊を慰めたのである。」
牛窪地蔵尊
モダンな御堂に入って、右手に錫杖を持ち、左手に宝珠を持つ、大きなお地蔵さんです。
その御堂の右側には供養塔が並んでいます。
供養塔
大きな角柱の石塔は、梵字で、カ=地蔵とありその下に道供養塔と刻まれています。
 道供養碑は、渋谷区教育委員会の説明では次のようにあります。
「この道供養碑によって、江戸時代の道供養信仰を知ることができます。道祖神、地蔵尊などの交通安全、悪魔退散の呪術的信仰とはちがい、これは橋供養と同じように道路自体を供養して報恩感謝の念を捧げることにより、交通安全を祈ろうとする全国でも珍しい供養碑です。中野通りの延長は鎌倉通の一部で、この道供養碑はもとそれに面してたてられていて、鎌倉街道の供養費であったことがわかります。」
道を供養する「道供養碑」なのですね。
昭和45年5月甲州街道の拡幅により現在の所へ移されたようです。
庚申塔
隣の庚申塔の青面金剛と邪鬼は、写真で見るより可愛らしい感じでした。
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プロフィール

作州浪人

Author:作州浪人
「隠居」と言った方が良い境遇にありますが、心の在り方としては「素浪人」でありたいと思っています。なお作州浪人はあの宮本武蔵にちなんでいます。郷里が近いのです。
 またバックに使わせてもらっている手拭いの模様、「鎌」に「輪っか」にひらがなの「ぬ」。「かまわぬ」といかにも江戸人の気っ風が感じられ、好きです。 

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