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「富士と桜と春の花」展

山種美術館で開催されていた「富士と桜と春の花」(一堂に座して眺める日本の原風景)を見ました。
山種美術館 富士と桜t春の花_edited-1
昨年6月、ユネスコの世界文化遺産に富士山が登録されたのを記念して開催された展覧会でした。日本一の高さを誇る富士山は、日本を鎮守する霊山として古来より信仰の対象だった。その、
「富士と桜と春の花」日本人を語るとしたら、富士山と桜は外せません。それはどのように描かれてきたか、行って見て、その多様性に圧倒されました。
富士山が、これだけ違う形に描かれ、それでいて、どれもが富士山だ、というのも、不至芸です。
特に、小松均の「富士山」と「赤富士図」が良かったです。いろいろ細かく描き込まれた山肌と雪。富士山がまさに生きものになっていました。解説では、スケッチして帰り、家で描くことはしない。描き終わるまで、現場に居続けるということです。
印象を描き込んだように見えて、実際を透き通るまで見つめ、描き込んだ作品なのです。
江戸時代、庶民の間に、冨士講と呼ばれる、富士信仰が流行りました。富士塚と言われる人工の富士山もたくさんできました。この富士山は、溶岩を使って黒っぽく、あまり美しい山ではありません。でも、それだけ、より親しみやすい存在であったと言えます、
葛飾北斎や、歌川広重の浮世絵にもたくさん描かれ、富士はまさに、日本人の体内に刻まれています。
横山大観は、生涯に1000点以上の富士山を描いたと言われます。富士山は、それだけの力を持っているのです。それが納得できる展覧会でした。
桜の絵も堪能。今年の花見の締めでした。
奥村土牛の「醍醐」。NHKの日曜美術館で、その絵の工夫を見ていたので、手稲に見ました。
豊臣秀吉が盛大な花見を催したことでも知られる桜の名所、京都の醍醐寺。その境内に悠然と立つ樹齢150年のしだれ桜。
完成までに10年もの歳月をかけたそうです。花びらは、薄い色を100回以上も塗り重ねて行っています。そのことで、輪郭があいまいになるのですが、そこに奥行きと質感を感じさせるのです。土牛の大きな挑戦だったのです。
気持ちが豊になる展覧会でした。
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風神雷神屏風

俵屋宗達の風神雷神屏風
国宝 風神雷神図屏風
国宝です。2曲1双・各154.5×169.8cm。そんなに大きくはないです。
落款、印章はないですが、宗達の真筆であることは疑われていません。
現在では極めて有名な絵であるが、宗達の最高傑作といわれ、宗達と言えばまずこの画が挙げられるほど有名な画ですが、江戸時代にはそれほど知られていません。
宗達は、本来赤で描かれる雷神の色を、風神とのバランスを取るため白に、青い体の風神を緑に変える工夫を凝らし、独創的に仕上げていると言われています。
そして、たらし込みで描かれた雲の表現が重要な役割を果たしています。
もとは、現在の京都市右京区宇多野にある妙光寺に伝来していましたが、幕末に妙光寺63世全室慈保(ぜんしつじほ)が建仁寺住持となる際に建仁寺に移ったとされています。
尾形光琳の風神雷神屏風
尾形光琳 「風神 雷神」
本館2階に、尾形光琳の風神雷神屏風が飾ってありました。
この風神雷神屏風は、風神、雷神、俵屋宗達の風神雷神屏風とまったく同じ大きさで、光琳は、体躯や衣文線などの輪郭線を忠実にトレースして描いたそうです。
違いは、宗達の画では、両神の視線が下界に向けられているのに対し、光琳の画では両神がお互いを見るように視線が交差しています。
屏風全体の寸法は、光琳の方が若干大きいようです、(光琳画は各166.0x183.0cm)。絵の中では光琳の風神雷神の方がやや小さく見えます。
また、
細部の描写や彩色を変え、特に輪郭線や雲の墨は濃くなっています。
あわせて観ると、宗達の画のほうが、好きだなという思いがしました。

このほか、風神雷神屏風は、酒井抱一、鈴木其一も描いています。実は、その風神雷神図が、現在、東京都内で公開されていて、都内に4作品が勢ぞろいしているのです。。

開山・栄西禅師800年遠忌 特別展「栄西と建仁寺」

やっとのこと、開山・栄西禅師800年遠忌 特別展「栄西と建仁寺」に行きました。
足を痛めていて、出かけるのが大変だったのです。
4日に行ったのですが、上野は駅からすごい人でした。改札口を出るのが大変。そして博物館の前も長い列。これは大変だと思いました。
でも、博物館の多くは、「キトラ古墳壁画」に来た人でした。
今年は、日本に禅宗(臨済宗)を広め、京都最古の禅寺・建仁寺を開創した栄西禅師(1141~1215)の800年遠忌にあたります。これにあわせ、栄西ならびに建仁寺ゆかりの宝物を一堂に集めた展覧会が開催されたのです。
建仁寺には何度か行きましたが、国宝「風神雷神図屏風」の本物はまだ観ていません。
会場に入ると、「禅林の茶」で実際の道具が揃えられた建仁寺の方丈が作られ、茶会の会場がほぼそのまま再現されていました。
四頭(よつがしら)茶会というのだそうです。茶道の原形である禅林の茶を象徴し、現代の茶会のルーツと言われています。
方丈の正面には、左から虎・栄西禅師・龍の大きな掛け軸が三幅。その前に置かれた机の上には花瓶・燭台・獅子香炉の三具足。中央には大きな青磁の香炉と大香合が置かれています。
ビデオで茶会の模様が放映されています。
栄西禅師に献茶したのち4人の正客と相伴各8人(計36人)に茶を供します。
まずこんにゃくとお菓子を入れた春慶塗の縁高と天目台に載せた天目茶碗を客一人一人に運びます。こんにゃくは辛いようです。説明に、紅白の紋菓・椿の葉にのせた「ぴりコン(醤油で炊いた蒟蒻)」とありました。
そして、左手でお湯の入った浄瓶(じんびん)から客が持ったお湯を茶碗に注ぎ、そのまま右手で茶筅を使ってお茶を点てます。
これが、一般的な茶会を思うと奇妙でした。立ったまま、一人ずつ茶筅で回すのですから。
「禅院の茶」、これは、記憶に残りました。
海北友松の雲龍図は、実物観ると、すごい迫力です。
通常、雲龍図は「阿」と「吽」の左右の龍を1匹ずつしか展示にならないようですが、今回は、2匹が揃っているところが見られます。襖絵としてはこれが完全な姿な訳で、絵全体の躍動感が観るものを圧倒します。
室町時代に建仁寺派になった六道珍皇寺からの展示品もありました。
「熊野観心十界曼荼羅」がすごく気に入りました。何度も観ました。
熊野比丘尼と呼ばれる尼僧が絵解きを行ううえで使った絵図だそうですが、上半分に人生の老いの坂、下半分に極楽や地獄が描かれています。地獄描写が良いです。三途の川の脱衣婆も迫力いっぱいでした。
風神雷神図屏風は次回で。
プロフィール

作州浪人

Author:作州浪人
「隠居」と言った方が良い境遇にありますが、心の在り方としては「素浪人」でありたいと思っています。なお作州浪人はあの宮本武蔵にちなんでいます。郷里が近いのです。
 またバックに使わせてもらっている手拭いの模様、「鎌」に「輪っか」にひらがなの「ぬ」。「かまわぬ」といかにも江戸人の気っ風が感じられ、好きです。 

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